自分の言葉にしてみること

言葉にしてみたい衝動の行き先

代表的日本人を読んで 〜西郷隆盛編〜

代表的日本人が紹介している5人の日本人について記述する。
まずは西郷隆盛西郷隆盛陽明学を重んじていた人である。陽明学朱子学と並べて説明されることが多い。さて、「朱子学」並びに「陽明学」とは何か。色んなサイトから掻い摘んで整理してみた。
 
朱子学は「物に格(いた)る知」の学問、つまり「物の真相を知る」である。だから、分析的なアプローチが用いられる。また、その真相への至り方は「外」に向いているらしい。というのは、知識とか論理とかそういう頭の良さが大事みたい。その朱子学には、格物致知、先知後行、身分秩序、といったことが重要視される。まず「先知後行」を説明する。先知後行とは読んで字のごとく「先に知って後で行う」ことが良いとされる考え方だ。知ることに重きを置いている。次に「身分秩序」について。朱子学は形式的な「礼」を重んじて主君に従うことを重視した。従って、保守的になりがちで、革命が起こりにくい。故に、江戸幕府では朱子学が用いられた。
 
陽明学は「物を格(ただ)す心」の学問、つまり「物を正すために心を正す」学問である。また、その正し方は「内」に向いているらしい。というのは、直感や情とかそういう心の正しさが大事みたい。この陽明学には致良知心即理知行合一といったことが重要視される。先知後行と知行合一は相容れない考え方である。知行合一とは「知ることと行うことは同じであって、分けて考えるものではない」ということだ。陽明学を考えた王陽明の著書「伝習録」にはこんな言葉がある。「知は行の始めなり。行は知の成るなり。」つまり「知ったとしても行動しなければ、それは知ったということにならない」ということを言っている。ゆえに、行うことに重きを置いている。また、上下関係のあり方も少し異なる。形式的なものより、自由な心から生まれる心の正しさ、いわゆる「まごころ」を大切にして、上のものを敬い、下のものを軽んじ侮らないことを大切にした。
 
 
 
 
後者の陽明学を重んじた人は西郷隆盛の他に、大塩平八郎吉田松陰がいる。この偉大な人物を生んできた陽明学を学んだ西郷隆盛について3つの特徴を挙げ、それぞれ所感を述べる。
 
「天を重んじる」
西郷隆盛が天を重んじたとされる証言が幾つかある。そのうち2つ紹介する。
 
「天の相手にせよ。人を相手にするな。全て天のためになせ。人を咎めず、ただ自分の誠の不足を省みよ」
「天はあらゆる人を同一に愛する。ゆえに我々も自分を愛するように人を愛さなければならない」
 
いつも西郷隆盛の側には天の存在があったそうだ。
確かに、論拠を大切にする人間は、天の存在が不確かだと考えるので、上記の言葉には納得がいかないかもしれない。しかし、論証は不確かでも、この言葉の趣旨である、「人格の向上」を考えた時、(このような言葉を申し上げるのは天への冒涜に値するかもしれないが)「天」という存在を信じることは非常に効果のあることだと思う。天がいつも見ていると考えれば、人が見ていない時でも善行を積むようになる。そして、善行を積むことが習癖となる。習癖となれば善き人格が形成される。私は宗教には違和感を覚える人間なのだが、こういうポジティブな働きが強い信仰は推奨されて良いと思う。(ワンピースのルフィーみたいな自由をこよなく愛す人には向いてないかな)
 
「命よりも大義を大切に」

 生命第一主義がメジャーとなっている現代では受け入れがたい考え方である。西郷隆盛は仁義のためには躊躇なく危険な場に身を投じたり、死のうとしたりしていたという。西郷隆盛のこの言葉を聞くと多少頷けるのではないか。

「命も要らず、名も要らず、位も要らず、金も要らず、という人こそもっとも扱いにくい人である。だが、このような人こそ、人生の困難を共にすることができる人物である。またこのような人こそ、国家に偉大な貢献をすることのできる人物である」
 

「どれだけ生きるか」より「どう生きるか」の方が大事、と言うと、より納得がいくようになるかもしれない。ただ、命を投げ出すのは、なるべく慎重にしたい。仮に自分のために人が死んだとする。もしかしたらその死んだ人は大義の為の死であって多少清々しいかもしれない。しかし、昔と違って今は生命第一主義の考え方になっているので、他方は気持ちの良いものでは無い。さらに、第三者からのバッシングも大きいだろう。また、昔であれば「彼は己の大義の為に・天の道の為に死んだ」となるかもしれないが、今では「あいつが殺した」や「俺が殺した」となってしまうかもしれない。

 

「情にもろい」

西郷は情のもろさ故に、謀反人になったと言われている。謀反人になって明らかに勝ち目のない戦争を仕掛けたとしている。

情は、思いやりの始点になる。故に、欠かせないものである。しかし、視野を狭める。思考力や決断力を鈍らせる。そうして「異常」となる。異常となった状態での決断は得てして間違っていることが多い。

情は、意識的に制御をしないと無秩序に膨れ上がる。西郷は情を抑える為に、禅を行ったという。しかし、十分に抑えきれなかった。どうすれば、良いのか。西郷の厚い情を抑えるほどの処方箋にはならないだろうが、自分の経験則から考えたのは理の上に情を乗せることである。理で全体像を把握する。すると、情の適切な膨らます方向・程度が見えてくる。この点においては、道理に反し、苛立つが、この点においては、理解はできる、という風に。情は諸刃の剣である。気をつけなければならない。

 

次は、上杉鷹山について。

 

(物質的な意味での)文明との付き合い方②〜文明社会の中での健全に生きる為の考え方〜

前回のブログではディベート形式で、物質的に豊かになるという意味合いでの「文明」の功罪について考えた。

これは弁証法を試みたかったからである。弁証法とは、

https://www.amazon.co.jp/3分でわかる-ロジカル・シンキングの基本-大石-哲之/dp/4534044089

によると「哲学的な真理などを導き出す時の思考方法。テーゼとアンチテーゼの物事の対立から、より高次の思考が生まれるというもの」と説明されている。今回は、この思考方法を用いて二つ目のテーマ「文明社会での健全な生き方」について考えてみる。(慣れない思考法なので間違いあれば申し訳ない。。。)

 

今回ディベートをして導かれた真理は

「知性が大事。人の知性の程度次第で文明は天使にも悪魔にも転じる」

ということだ。

文明との付き合い方で人間関係は良くも悪くもなる。文明が人類を滅亡させるか否かも、人間の倫理観と政治力次第。人格の劣化もネットを見る頻度やその種類次第である。良くなるか悪くなるかは人の知性によるのである。

ただ、どちらかと言えば、文明は悪魔に転じている傾向が強いように感じる。多くのメディアで日本人の知性の堕落が指摘されている。知性が堕落してしまった結果、大多数の日本人は文明と上手に付き合えていないようだ。だから、文明社会の中で生きるのであれば、それなりに気をつけて生きていかないといけない。そこで、何に気をつけるか、ということを3点記述する。

 

[文明社会を健全に生きるために気をつけなければならない3つのこと]

 

1.長期的な視野

得てして、文明の汚点は使い始めて時間が経ってから多くの人に認知されている。気候変動、絶滅危惧種、オゾンホール、原発、IT革命、核、等々、後からこれらの問題が発見されたり、指摘されたりした。さらに、残念なのが、問題が明らかになってから気がついて対策を取っていると手遅れになったり、時間が経ってから問題が顕著になったが為に解決の為にも時間を長く要するということである。「塵も積もれば山となる」のであって、問題は小さく見えても、長期的に使われるようになれば、或いは、それが全世界的に使われるようになれば、その問題は取り返しがつかないほど大きくなる。何か新しい物が開発された際は、問題が大きくなってから対処しなくて済むように、長期的な視野を持って、特にその文明の汚点に着目して向き合う必要がある。

 

2.多角的な視野

原発問題を例に挙げる。福島原発事故が起きるまでは、エネルギー問題は3E(Economy・Energy security・Enviromental friendly)の3視点で考えられてきた。福島原発事故が起きてから、ここにSecurityの視点が加わり、4視点(3E+S)で考えられるようになった。その結果、原発に対しての輿論の考え方が大きく変わった。原発が是か非かは別として、大事な視点を設けて考えられるようになったという点において、輿論はより健全になったのである。

本ブログでは文明とは物が豊かになることとしている。物が豊かになることは一般的には是とされている。故に自由競争は是とされていて、グローバルな規模でそれが展開されている。自由競争に勝つためには、各企業は、他社よりも魅力的な商品を製造しなければならない。だから、消費者にとって有益な情報をできるだけ公表し、都合の悪い情報は隠す、又は、探さない。この都合の悪い情報を見つける為に、多角的な視野を持たないといけない。多角的な視野を持って、はじめてその物の全貌が見え、本質が見え、善悪が見え、付き合い方・より良い考え方が薄っすらと見えてくるのだ。

 

3.根源的な視野

多角的に見ても、それぞれの視点が浅くてはいけない。根源的な「そもそも」な所まで考えなければいけない。例えば、再度、原発問題を例に挙げると、価値問題として「3E+Sのうち、それぞれをどの順番でどれほど重要視しなければならないのか」や「そもそも安全とはどれほど安全であれば安全と言えるのか」等、批判的な視点を持って、それぞれの論理や情報を「本当に?」と「なぜ?」という問いかけをしながら、思考を進めていくことが必要である。そうなると、哲学的な所に問いが行き着くので、少々哲学を勉強する必要があるかもしれない。こうして根源的な所まで考えることで、イデオロギーや感情に流されることは少なくなる。

 

以上が、自分の考える文明との健全な付き合い方である。上記に挙げた3点は簡単なことでは無い。常日頃心がけないと、身につかないことである。これからも今回紹介した3つの視野を意識しながら大学生活を営みたい。

 

 

(物質的な意味での)文明との付き合い方①〜文明の功罪について一人ディベートを展開する〜

標題について

1.文明の功罪

2.文明社会の中での健全な生き方

を考える

 

1.文明の功罪

文明の功罪についてディベート形式で考えてみる

 

【命題:日本人は幸せになるために文明を発展させるべきだ】

 

肯定側:立論

まず言葉の定義をします。

「文明」を物質的に豊かになることとします。(今回は戦後のみの物質的な発展を文明とする)

人々が幸せを感じる最大の要因は、幸せについて75年間研究された心理学者のロバート・ウォールディンガー氏が「良い人間関係」であるとしているので「幸せ」を「良い人間関係」と言い換えます。

従って、命題を

「良い人間関係を生むために日本人は物質的に豊かになるべきだ」と言い換えて考えます。(これ以上命題を具体化すると本意が命題からずれてしまいます。意味が曖昧で少々分かりにくいディベートになりますがご了承ください。)

 

物資的に豊かになることで良い人間関係が生まれます。メリットは3つ。

1.友人と接することができる時間が増える

良い人間関係とは何をもってして築かれるのでしょうか?大きな要因として「時間」があります。気の合う人間とは一緒にいる時間が長ければ長いほど、絆は深いものになります。物質的に豊かではない頃は、病気や飢餓で早死する人が多くいました。内閣府のデータです。

f:id:bb40112082:20160910091228p:plain

1950年には60代前後で亡くなる人がいましたが、現在では女性では約87歳男性では約80歳まで生きることができています。約20年もあればより深みのある人間関係を築くことが可能です。

さらに単位時間あたりの友人と接することができる時間も増えました。例えば、SNSの普及。今では、1人でいてもラインやFacebookツイッター等のSNSを使って友人と手軽にコンタクトを取ることができるようになりました。さらに科学技術の発達によりリアルに近いコミュニケーションが取れるようにもなってきています。スターウォーズに出てくるような3Dなデジタルコミュニケーションができる日も遠くはないでしょう。そのように、より質の高い、リアルとほぼ変わらないコミュニケーションができる時代がくるはずです。こうして、良い人間関係が築かれます。

 

2.本当に気の合う友人を容易に見つけることができる。

SNSの普及により、多くの人とオンライン上で簡単に繋がれるようになりました。また交通手段の発達により容易に遠くに行けるようになりました。そうして、多くの人のことを容易に知ることができ、会うことができるようになりました。多くの人と会うことができるということは、一生付き合うような気の合う友人を見つけやすくなるということです。

3.友人に迷惑が掛かりにくくなる。

例えば、大事な予定の待ち合わせの時間に30分遅れそうな時、携帯があればその旨を伝えることができます。そうして、待っている側の理解を事前に促し、その予定に対して対処ができ、できるだけ被害を少なくすることができます。さらに持たれる悪印象も比較的少なくて済みます。しかし、携帯が無ければどうでしょう。待っている側は待っているその30分間、不安と苛立ちに苛まれます。また、その大事な予定への対処が遅れ、携帯があれば被るはずのなかった被害を被ることになるかもしれません。そうして、友好関係が悪化する可能性があります。

 

否定側:立論

言葉の定義は肯定側に従います。

まず、これまで文明と発達により以下のデメリットがある、或いは生まれるといわれています。

1.人類の滅亡の可能性

オックスフォード大学が人類が滅亡する12のシナリオを考えています。その内9つが科学技術の発展によるものです。それぞれの項目を挙げます。1.極端な気候変動2.核戦争3.世界規模のパンデミック4.生態系の破壊5.国際的なシステムの破壊6.合成生物学7.ナノテクノロジー8.人工知能9..その他の全く未知の可能性(人類の科学技術によるものが有力なので加算)人間の科学技術は進歩していますが、人間の知性はそれを扱うのに妥当な程進化はしていません。寧ろ退化していると言っている人もいます。その結果、己の身を滅ぼす可能性があるそうです。滅びてしまったら元も子もありません。

2.人格の劣化

良い人間関係を築くためにはより善い人格を持っていないといけません。より善い人格は主にその人の経験と思考によってつくられます。文明が発達したことにより経験の質の低下と思考の機会の剥奪が起こりました。

経験の質の低下については、オンラインにおけるコミュニケーションに依存をした為にオフラインのコミュニケーションをする機会が奪われたことが原因です。オンラインにおけるコミュニケーションはどうしてもオフラインのコミュニケーションにおける情報量と緊張感が異なります。そうして、人格の育成に繋がるような印象深い経験をすることが少なくなります。人格の善し悪しを決める大きな要因である「コミュニケーション能力」の低下がよく問題視されているのが良い証拠です。

また、オフラインのコミュニケーションの弊害として代表的なものに2ちゃんとツイッターが挙げられます。結果的に倫理観がなく、品格もない、無責任な発言の温床となっています。そうして、寧ろオフラインのコミュニケーションは、使用者の道徳観の欠如に拍車をかけています。

思考の機会の剥奪については、映像型マスメディアが主な原因です。多くの人間は暇ができればテレビをつけます。その時間は相当なものです。総務省によると、平日で2時間48.3分休日で3時間45.4分。右のサイトを使って、営業日数計算 - 高精度計算サイト

行政機関の場合、50年でどれくらいの時間をテレビに費やすのかを計算したところ、およそ2377日分の時間をテレビで消費してしまっていることが分かりました。テレビを見ることで、哲学する機会や思考を要する対人のコミュニケーションの機会が損なわれます。そうして、知性が損なわれてしまっているのです。

3.人間関係の質の悪化

いつでも連絡が取れるようになったので、人と対面で会うことの重要性が欠如します。そうして、必然的に人と対面で会うことを比較的大事にしなくなります。そうして、会話の質が落ちます。会話の質が落ちることで一人辺りの友情が希薄になります。オンライン上のコミュニケーションツールは希薄な人間関係をつくる要因です。

 

以上のような状況を変えるために、これ以上の物質的な豊かさの追求を控え、物質的な豊かさは現状を維持し、その代わりに国全体を挙げて精神的な豊かさの追求に力を注ぐことを提案します。精神的な豊かさの追求とは、人間学や芸術に力を注ぐことです。また上記に挙げた人間関係の悪化を招き、招くことが考えられる科学技術は以下のようにすることを提案します。

1.人類を滅亡させるかもしれない種々の原因→利益・便利さの追求を止め、人類滅亡防止のための対策を講じる

2.オンラインコミュニケーション→通信費を5倍

3.映像型メディア→10分あたり50円の料金設定にする

以上のプランによって

1.人類滅亡の可能性の減少

2.より奥行きのある人間関係の構築

3.より知性の溢れた人間関係の構築

が達成されます。

 

肯定側:第一反駁

1.ATTACK to 「人類滅亡論」

いずれはなんらかの理由で人類は滅亡します。それがただ早いか遅いかの話です。大事なのは、生きている人間がどれだけ幸せを享受できるかということです。

 

2.ATTACK to 「人格の劣化」

劣化するのはコミュニケーション能力くらいなものです。逆にコミュニケーション能力が劣っている人間はオフライン上のコミュニケーションの方がより円滑なコミュニケーションを取ることができ、オンライン上での友人をつくることができます。彼らにとっては救いの場でもあるわけです。

 

3.ATTACK to 「人間関係の質の悪化」

オンライン上のコミュニケーションで玄関トークのような相手との距離を縮める作業をやってしまえば、より早く相手のことを深く知れるような話題に移れます。要は使い方次第です。

否定側:第一反駁

1.ATTACK to「 友人と接する時間が増える」

長く生きるということは、それだけ認知症になる可能性が高まるということです。今や85歳以上は4人に1人は認知症になっていると言われています。認知症になるということは記憶をなくすということです。記憶を無くすということは、友人を無くすということです。そうなると死ぬ直前に、友人の少なさ故に寂しさを覚え、幸せは感じないでしょう。

単位時間あたりのコミュニケーション数が増えることが「良い人間関係」に繋がるかは分からない所です。中身のあるコミュニケーションをするには必然的に言葉の数が多くなります。しかし、ラインやツイッターは文字数を少なめにしないといけない節があり、中身のないコミュニケーションになってしまいがちです。その中身の無いコミュニケーションが良い人間関係の構築を助けているのでしょうか?良い人間関係とは質の高い人間関係のことであり、質の高さは中身の無い話ではつくることはできかねます。

 

2.ATTACK to 「本当に気の合う友人を見つけることができる」

理屈的には正しいように見えますが、果たしてどれほどの人がSNSを通して気の合う友人を見つけたことでしょう?殆どの人はSNS上で情報収集をしてからではなく、偶然的に出会った人の中で「本当に気の合う友人」を見つけていることだろうと思います。

 

3.ATTACK to 「友人に迷惑が掛からなくなる」

連絡手段が無い世界を前提に考えてください。連絡手段が無ければ例で示して頂いたようなことが起こるのは待ち合わせをする上では前提条件となっています。だから、ただそのような不測の事態だけで友人関係が悪化することは起こりにくいです。

 

4.ATTACK to 「ATTACK to 人類滅亡論」

それを言ってしまってはお終いです。例えば「明日、私はあなたを殺します。心配なさらないでください。死ぬのが早いか遅いかの違いです。」と言ったら納得しますか?

最大多数の最大幸福の考え方に従うなら、なるべく多くの人間がこの世に生を授かり幸せを享受した方が良いのです。

 

5.ATTACK to「ATTACK to 人格の劣化」

おっしゃる通り良い人間関係の構築の為に最も大切なコミュニケーション能力が損なわれるのです。さらに、コミュニケーションが苦手な方に手を差し伸べるということは彼らがコミュニケーション能力向上のためのインセンティブを欠くことに繋がってしまいます。

 

肯定側:第二反駁(情報が多過ぎるので敢えて反駁数を3つに絞ります)

1.ATTACK to 「ATTACK to友人と接する時間が増える」

あなたの言う最大多数の最大幸福の考え方に従うなら、4人のうち3人は認知症に掛かっていないので、長生きした方が多くの人がより幸せになります。また、中身の無いコミュニケーションでもコンタクトを取るという行為それ自体が良い人間関係を構築します。例えば、挨拶も形式的なもので特に中身はありませんが、しないよりした方がより良い人間関係が構築されやすくなります。

 

2.ATTACK to 「ATTACK to 「ATTACK to 人類滅亡論」」

未来のことは不確かです。もしかしたら、近い将来、隕石が落ちて人類が滅亡をするかもしれません。そんな不確かな存在である未来の人間を一人の人間としてカウントすることは妥当なのでしょうか。その不確かな存在を慮って現存している人間が苦労したとしてもそれは徒労に終わる可能性があります。そうであるならば、現存している人間のことを慮った方が、確実です。

 

3.ATTACK to 「ATTACK to 「ATTACK to 人格の劣化」」

遺伝的な要因で生まれつきリアルなコミュニケーションが苦手な人がいます。コミュニケーション能力の向上が困難な方です。そういう人は、その人の特性に合わせたコミュニケーションの手法をとった方が良いのです。

 

否定側:第二反駁

1.ATTACKto 「ATTACK to ATTACK to友人と接する時間が増える」

最大多数の利益の為に少数派の4分の1の人間の幸せになる権利を奪っても良いということを言っているのですか?それは少々冷た過ぎる考え方ではないかと考えます。少数派の人も幸せを享受する権利はあるはずです。

2.ATTACKto 「ATTACK to ATTACK to人類滅亡論」

外部からの脅威による人類存在の不確かさを話すのであれば、現存している私たちだって明日を生きているかどうかは分からないものです。もはや現存している人間も未来生まれる人間もほぼ同等の不確かさを孕んでいます。

 

 

終わり。

 

文明社会の中での健全な生き方は次回。

「投票直前公約勉強会 間にあわせんと・マニフェスト」についての所感・情報共有 「投票質も上げんでいいんかい」の活動の自己分析② 

次は、標題のイベントについて。当イベントでは、『「なんとなく」じゃなくて「納得」投票』を合言葉にイベント内容を考えた。

「納得」して投票するには2つプロセスがある。1つは投票するという行為の「意義」について納得すること、もう一つがどの政党・候補者を選ぶかという「選択」について納得することである。

そこで、当イベントの1部では、投票をするという行為の意義に関連する以下の5つの問いについて考えた。

 

1.Youはどうして投票に?

2.投票日当日!政治のことはまだ分かってない、、どうする?投票に行くべき?

3.投票に行かなけば政治について発言しちゃいけないの?

4.投票率と投票質はどうして・どれほど大事?

5.それらを向上するためにはどうすればいいの?

 

これらの問いを考える中で、投票の意義に繋がる話が幾つか出てきた。

 

 

・先代がやっと思いで獲得した貴重な権利である。その権利を行使しないともったいない

・経済学的に考えて投票行為はコスパが悪い。政治のことについて考える時間と労力に見合う対価が得られない

・部活の方針を決めるときの会議に参加できるのに参加しなかった奴が、後から文句を言うのはルール違反

・なんとなくで投票するのは無責任。人道的に投票に行きたくない

・誰もが最初は未熟。「なんとなく」で投票に行くのは多めに見ても良い。時間が経てば、次第に質は上がる。そもそも、大人も未熟ではないか。

・自分のことで余裕ができないと社会のことについて考えられない。

シルバーデモクラシーの改善のために若年層は投票だけでも行くべし

・昔はお国のために・天皇陛下のために、という国家主義天皇主義的な雰囲気があった。それで、社会のことに興味・感心があって政治参画は今より盛んだった。

・投票質は投票率が上がってから上がるもの。だから、まずは投票に行くべし

・投票に行ったって、組織票には勝てない。効力があるのか。

・海外は、日本と比べて政治のことに興味があるのが当たり前の「雰囲気」がある。

 

etc...

 

とても沢山の意見が出た。

 これらの意見をまとめると投票とは

「自分らの現在・未来の住む環境を選択するボランティア」

 と言ってしまってよさそうだ。

 

投票とは、政治に携わることであり、政治に携わるということは、自分らの現在・未来の住む環境を選択する権利を与えられるということである。ここには異論はないだろう。

 「ボランティア」の所は、色々意見をいただけそうだ。説明すると、投票は1票の効力が小さいコスパの悪い行為であり、且つ、義務ではない行為なので「ボランティア」のようなものであると言えそうだ。だから、どんな環境に自分の身が置かれても、その環境内で不満なく生きていける人間は投票に行かなくても良いと思う。「せっかく住むならより良い所で住みたい」という意思を持ってる人間は、しっかり考えて、投票に行った方が良いと思う。しっかり考えることができなさそうであったら、白票だけを投じて、シルバーデモクラシーの改善を図るくらいはしても良いと思う。

 

次は第2部。「公約ディスカッション」

ここでは

①公約を読んで投票する際のモデル行動・思考計画作成

②若者に焦点を当てた公約の比較

を行った。

 

①公約を読んで投票する際のモデル行動・思考計画作成

投票を行う際に独断や偏見なく考えて投票をするためにはどうすれば良いかを考えた。これは「投票をしようと思って政治のことを勉強しようと思ってもどこから手をつけたら良いのか分からない。分からないから面倒になって政治のことは学ばない」という旨の友人の発言から思いついたことだ。中国の格言に「魚を与えるのではなく、魚の取り方を教える」というのがあるが、今回は「魚の取り方をみんなで考えよう」というものだ。どのように十分には議論はできなかったが、自分の考えも含めアイデアを共有する。

 

 

 

f:id:bb40112082:20160714132411j:plain

まず、最初に行うのは、モチベーション上げである。モチベーションが上がらないと、何も手がつかないから第一にこれをやる。人それぞれ、動機付けされやすいものがあるだろうから、自分にあったモチベーションの上げ方を実践する。特に自分がオススメするのは「友達と政治のことを話すこと」。友人の経験談によると、これが一番効果があるようだ。

f:id:bb40112082:20160714132810j:plain次やるのが「今を知る」作業。特に三番目の緊急性の位置付けが難しい。「どこまでこの問題を放置しておけるのか」という風に考えると、考え易い。

f:id:bb40112082:20160714133044j:plain

三番目に他政党との比較。今回は比例代表の場合のみに絞った。この場合分けはもっと改良できると思っている(是非、自分なりの場合分けを作ってみてほしい)

f:id:bb40112082:20160714133940j:plain

これはマニフェストを比較する際の「思考」の順番である。上記のように考えることで漏れはあまりなく考えることができるのではなかろうか。

f:id:bb40112082:20160714134102j:plain

これが最後。個人的にはこれを一番大切にして欲しい。投票とは断続的なものではなく連続的なものである。

 

しかし、これだけのことをやるのは理想だが流石に骨が折れる。そこで、1週間だけ政治の勉強をする人用のマニュアルも作った。

 

 

1週間しかない場合の選挙の仕方

 

1.与党のマニフェストをざっとみて論点の確認

2.自分の価値観で最重要論点を2つ絞る

3.その論点において賛成派と反対派の意見を参照する

4.3の際、わからない論理や語彙が出てきたら、その都度調べる

5.自分の意見をつくる

6.自分の意見と与党の考えを照らし合わせる

7.合わなければ自分の考えに最も近い政党のマニフェストを探す

9そこに投票をする

 

 

どうぞ、参考にしてみてください。

 

②若者に焦点を当てた公約の比較

ここでは①で考えたアイデアを実践し「慣れる」作業を行った。1つの項目あたり1分くらい意見交換を行って、次に進む、といった調子でほとんどの若者に関する今回準備したマニフェストを読破した。ここで使用した書類の内容を共有する。(読み飛ばしてもらって構いません)

 

マニフェストまとめ

(自由民主党民進党公明党日本共産党・おおさか維新の会・社会民主党生活の党と山本太郎となかまたち・日本のこころを大切にする会・新党改革)

テーマ

  • 大学授業料・奨学金
  • 被選挙権
  • 若者の政治参画
  • 同一賃金・同一労働
  • 最低賃金引き上げ

 

○:達成可能性60~100%

△:達成可能性0~60%

 

①大学授業料・奨学金

⚪︎高校生等奨学給付金の充実、大学生等への給付型奨学金制度の創設等、教育費の負担の軽減や原則無料の学習支援の充実に取り組み、教育の機会均等を実現します。 (自民)

  • 所得制限のない高校無償化制度をめざします。 (民主)
  • 大学など高等教育における授業料の減免や奨学金を拡充し、返済の必要のない「給付型奨学金」の創設をめざします。 (民主)

⚪︎大学生、高校生のための給付型奨学金制度を創設します。△また、無利子奨学金や返還免除制度など奨学金制度の拡充を図ります。(公明)

○授業料減免の支援を拡充する(公明)

○大学授業料を毎年引き下げ、10年間で半額にします。(共産)

○大学学費を国公立も私立も半分に引き下げます(共産)

○給付制奨学金を創設し、有利子奨学金は無利子にします(共産)

○高校就学支援金など高校生の学びを支える制度を拡充します(共産)

○機会平等社会実現のため。保育を含む幼児教育、及び、高等教育(高校、大学、大学院、職業訓練学校等)についても、法律の定めるところより、無償とする。(大阪維新)

△大学生等への有利子の貸与型奨学金の無利子化、返済不要の給付型奨学金の創設を各々目指します。(新党改革)

○高校授業料無償化制度を復活させ、外国人学校等にも差別なく適用します。(社民)

△高等教育(大学、大学院等)の学費無償化をめざします。(社民)

奨学金は無利子を原則とし、「所得連動返還型無利子奨学金制度」をより柔軟な制度に転換します。20年~25年継続して返還した者に対しては残債務の返還を免除するようにします。国の制度として返還義務のない給付型奨学金制度を創設します。

  • 返済不要奨学金の充実(日本の心)

ポイント:奨学金の適用範囲・無利子化or給付型奨学金or学費の引き下げ・各政策の適用範囲

 

②被選挙権

△被選挙権年齢の引き下げについて検討します。(自民)

△被選挙権年齢の引き下げをめざします。 (公明)

○被選挙権の年齢を速やかに引き下げます(共産)

○若者の政治参画をすすめるため、被選挙権を当面5歳引き下げることをめざします(衆議院議員・市町村長・自治体議員は20歳、参議院議員都道府県知事は25歳へ)。立候補休職制度の導入や供託金の引き下げを実現します。(社民)

○18歳から被選挙権付与。(大阪維新

ポイント:語尾

 

③若者の政治参画

△また、若い世代の政治参加の環境を整え、選挙における供託金のあり方や、インターネット活用の可能性等についても検討をすすめます。(自民)

  • 若者政策を担当する大臣 ・部局の設置 ・明確化、審議会等への若者の登用、「若者議会」の開催を推進します。 (公明)
  • 高校生の政治活動禁止・制限に反対し、主権者としての自由を守ります(共産)
  • 若者の政治参加をすすめる施策をおこないます(共産)
  • 若者に民主主義の担い手として市民権を行使してもらうための「シチズンシップ(主権者)教育」を充実するとともに、政治活動の自由を拡充します。(社民)
  • 国民投票による直接民主型政治への転換(日本を元気に)
  • 国民の集合知を生かす提案型政党の確立(日本を元気に)
  • 政策を国民が優先順位付けできる仕組みの構築(日本を元気に)
  • 年間300億円の財源を確保して、全部無利子にしましょう!(生活の党)
  • スマホ投票の導入。(大阪維新)

ポイント:有効性・重要性・緊急性

 

④同一賃金・同一労働

⚪︎同一労働同一賃金の実現により、非正規労働者の処遇を改善し、正規・非正規の格差を是正します。また、中小企業の取引条件を改善し、中小企業と大企業との賃金格差を是正します。(自民)

⚪︎「同一労働同一賃金推進法」を制定します。正規・非正規を問 わず、すべての労働者の均等・均衡処遇、能力開発の機会を確保します(民進)

  • 同一労働同一賃金を実現し、正社員の6割程度である非正規労働者の時間当たり賃金を、欧州並みの8割程度に引き上げることを目指します。その際、正社員の処遇を引き下げて対応しないよう取り組みます。具体的には、雇用形態に関わらず『合理的な理由』のない 不利益取り扱いを禁止する法整備を行うとともに、公正な賃金・処遇制度の確立を図るため、実効性あるガイドラインを早急に策定します。 (公明)

⚪︎非正規社員から正社員への流れをつくるとともに、同一(価値)労働同一賃金、均等待遇をすすめます(共産)

  • 非正規・有期雇用から正社員への転換を促進します。ILOが示す同一価値労働・同一賃金原則を導入し、均等待遇を徹底します。(社民)
  • 雇用の流動性と同一価値労働同一賃金を保障する制度の構築(日本を元気に)

○「同一労働・同一賃金法」を制定し、労働移動を阻害する年功序列型の職能給から、同一労働同一賃金を前提とする職能給へ転換する。

大阪維新

ポイント:非正規を正規にor非正規の賃金増

 

  • 最低賃金引き上げ
  • 労働生産性の向上を支援し、更なる賃上げにつなげるとともに、最低賃金について時給1000円(全国加重平均)を目指します。(自民)
  • 中小企業に対する支援を行いつつ、最低賃金を引上げていきます。 (民進)
  • 能力開発の機会が不足している非正規労働者について、能力開発の機会を充実させ、処遇改善や正社員 転換を図るとともに、全国加重平均 1000円をめざした最低賃金の引き上げを行うなど、所得向上に取り組みます(公明党)
  • 最低賃金1500円をめざし、いますぐどこでも1000円にします(共産)
  • 非正規と正規の賃金格差(同一労働・同一賃金)と長時間労働の是正に積極的に取り組んでゆきます。これにより「正規・非正規の格差」を是正し、最低賃金を1,000円に近づけます。(新党改革)
  • 今すぐ、日本全国一律、最低賃金時給1000円に引き上げます。△1500円以上を求めていきます。(社民)
  • 希望者全員が、正社員で働ける社会を目指します。国連の勧告通り、最低賃金を大幅upすべきです。(生活の党)

ポイント:全国加重平均か全国一律か

 

 

今回特に重要だと言いたいのが語尾についてだ。語尾の書き方でその政党のその政策への本気度がわかる。個人的には、時間がない時に公約を勉強する際は、もはや△はその政党の公約としてカウントしなくても良いと思っている。

 

以上が、「投票直前公約勉強会 間にあわせんと・マニフェスト」についての所感と情報共有だ。

 

次の投票の際に、ここで共有した情報が役立ってくれたら嬉しい。  

「改憲草案と現行憲法比較会での所感」「投票質も上げんでいいんかい」の活動の自己分析①

7/10 参議院選挙に伴い、久しぶりにイベントを行った。イベント名は「投票直前公約勉強会 間にあわせんと・マニフェスト」。これは、3週間前に友人を集めて立ち上げた「投票質も上げんでいいんかい」の目玉企画だ。この団体は、18歳選挙権引き下げに伴って起こった「投票なんて簡単なんだから、とりあえず投票行ってこい」ブームへのアンチテーゼを形にしたものだ。「"とりあえず"で投票する若者が増えると民主主義の質が落ちる。俺らが対策を打って少しだけいいことしまっせ」という気持ちでイベントを立ち上げた。この考えの元、一票一票の質のこと、名付けて「投票質」を上げることを目的として活動をする任意団体を立ち上げて、小さく活動をし始めた。

 

当該団体の第一回のイベントが「改憲草案と現行憲法比較会」。参院選の一番の争点だ。自分の周りを見ると「憲法改正を行うと戦争が必ず起こる」と考え、安部総理を日本を地獄へ追いやる閻魔大王のように考えている人が少なくなかった。自分自身も彼らの意見を鵜呑みにして、自分の目で改憲草案を確認せず、根拠もなく、改憲は改悪であると早とちりしている所が少なからずあった。また「それはいかん」と自分で勉強しようと思っても難しい言葉が多くあるせいで、やる気が起きなかった。

そこで、企画したイベントがこれ。「友人と一緒なら、勉強できるし、より正しく解釈できるし、いいじゃん」という思いを形にしただけのものだ。当日は、自民党改憲草案の全てに目を通して、一つ一つ参加者で解釈を加えていった。

当イベントを終えての個人的には「憲法改正の余地はあるが、自民党改憲草案に従うのは要検討。安部総理閻魔大王説については懐疑的」と結論を出した。というのも、現行憲法は死語が使用されていたり、差別をされない項目に「障害」が入っていなかったり(第14条)、他にも今の時代に即して、誰が見ても改善をした方が良い点は結構あって、憲法の中身は改善はした方が良いと考えた。また、その問題点に着目し、より良い憲法をつくろうとした姿勢は評価できた。ただ、自民党改憲草案は確かに、今流行っている拡大解釈を施すと、是か非かは別として、不安を覚える。例えば、こうだ。

「他の国同士との戦争に加担して(第9条の2)、有事が発生した際には、緊急事態ということで、軍と密接に繋がっている経歴がある(第66条の2)内閣総理大臣の独断の元(第98条)、国を守るために国民は国に協力しなけらばならない(第9条の3) さらに、公益及び公の秩序を反してはならないという理由で(第13条)、表現の自由が制限され、異を唱えることは許されない(第21条)。」

僕は、この拡大解釈についての是非はまだ決めきれていない。

確かに、現実的に考えると、いつ戦争が起きても可笑しくない未だに幼稚で不安定な世の中(中国の東シナ侵略・ロシアのクリミア侵略・中国第二列島線・世界の経済成長ランキングのアメリカの順位の4つが論拠)の渦中では、自国の防衛強化の為の妥当な改憲だと考えても良いかもしれない。

しかし、理想を述べさせてもらえば、まだもう少し、日本国憲法が争いのない世界が前提とされた世界が目指すべき未来志向の憲法として存在していて欲しいと思っている。世界で1国くらい綺麗事を言ってて欲しい。そして、なにより、もし仮に戦争が起きた時に「強制的に」戦争に参加させられたくない(だから第9条の3の「協力」の記述は無くして欲しい)

 

かなり有意義な時間だった。当イベントの一番の報酬は原著を読む重要性が実感として分かったこと。原著を読むことで、正確な情報が得られて、正しく考えることができた。今までは、情報収集を行う際、分かってはいるが易きに流れ「まとめ」やわかりやすく書かれた「ブログ」を読んでしまうことが多かったが、これを機会に、安易な情報収集をやめることに決めた。

 

長くなったので、ここで一旦自己分析を切る。

次のブログでは、「投票直前公約勉強会 間にあわせんと・マニフェスト」のレポートを行う。

「この国のけじめ」読んで

本著の中で特に気になった内容をざっくりまとめる。

http://www.amazon.co.jp/この国のけじめ-藤原-正彦/dp/416367800X

 

市場原理主義への批判

市場原理と自由競争により、我が国は激しい競争社会に突入した。その結果、勝ったものが情け容赦なく全てを取るということが「公平に戦った結果だから」という理屈で許されるようになった。そして「勝てば卑怯でも何でもしてもいい」といった風潮になり、日本人が古来持っていた美徳が失われていった。また勝ち馬に乗れなかった人を嘲笑するようにもなった。

 

成果主義への批判

日本では長い間、会社は従業員のものであった。従業員の忠誠とそれに応えた終身雇用という人間的関係を軸としていた。リストラは禁じ手であり、不況になれば、まず役員から給料を下げ、下に浸透されるという方式をとっていて「普通の人を大事にする」というやり方だった。この方法で経済大国を成し遂げた。しかし、市場原理主義により、会社が従業員のものではなく株主のものになった。株主と会社との関係は買ってから売るまでの期間に限定される。だから、会社への愛情は皆無といってよい。そして従業員の情緒を無視して論理のみを貫くようになりリストラをされる人や非正規雇用が増えた。

 

③個の尊重による弊害

GHQは日本が二度とアメリカに立ち向かわないように「公」から「個」に転換させ日本の弱体化を図った。そして今は「他人に迷惑をかけさえしなければ何をしてもよい」といったような雰囲気がある

 

④愚民政策

英語よりも国語が大切である。中身のあることを話せるようになる方が大事である。英語よりも国語を大切にすべき。また、もっと日本の伝統を学べるような教育にすべき。

 

⑤形質より本質を

本質は、祖国の伝統、文化、情緒、自然。繁栄や軍事力は本質を守るための手段にすぎない。今は、祖国愛が損なわれて、本質が失われつつある。

 

⑥マスコミ

三権の上にマスコミが存在している。民主主義というが、もはや「民」=「マスコミ」である。

 

憲法と世論で伝統を論ずるなかれ

2000年も続いてきた皇統を論ずる原点が憲法や世論であってはならない。先人に対する敬意と歴史に対する畏敬を胸に虚心坦懐で臨むことが最低条件であって、単にその時代の思潮にすぎない憲法やもっと変わりやすい世論を持ち出すと、ほとんどの伝統が存続できなくなる。理屈も持ち出してはならない。

 

⑧「役に立たない学問」を軽んじるなかれ

昨今は、すぐに役に立つ学問を選んで、そうでないものを切り捨てている。歴史を振り返ると、数学とか物理のような、一見何の役に立たない基礎科学を発展させた国だけが、科学技術大国となっている。また、数学の天才が生まれる主な理由として「役に立たないことを大事にする」という高邁な精神があった。

 

⑨「社会勉強」など必要ない

学生は親のすねをかじれるだけかじるべきである。学校に出たら否応無く一生社会勉強である。学校に居るうちは、教養を身につけて、真の自立のための知的判断力や大局観を身につける必要がある。教養とは歴史、文学、科学、芸術である。

 

⓪美辞麗句に酔うことなかれ

美辞は人間の思考を停止させ冷静な検討吟味を妨げる

 

感想

市場原理主義は経済・科学技術の発展のために導入されて、実際に功をなしていると思う。ただし、正しい倫理観が無いと「自由」であるために「卑怯」や「非道徳」的な行動をするものが増えてしまう。日本の伝統的な美徳が再度浸透してから、グローバルな規模の市場原理に乗っかると本質の損失は無く、発展が可能になったのではないか。

海外における道徳規範は宗教にある。日本における道徳規範は文字として明記はされていない。基本的には語り継がれてきただけである。今は、語る側の人間が語れないということが起きている。古典を道徳規範にして教育界を中心に浸透させると、美徳が再度浸透するのではないか。

 

②ネットや人や物の流れが活発になり、グローバル社会に乗っからざる得なくなっているのが現状。そして世界規模の過激な競争社会に乗っかって世界各国と戦って勝たなければならない。その為には分かりやすい成果主義がより合理的であると考える。日本が経済大国になれたのは年功序列という制度おかげではく、日本人の勤勉であったり思いやりがあったりする誇るべき民族性に起因すると思う。その民族性を取り戻した上に、成果主義の制度が乗っかると、より強い国になる。

 

⑧過激な競争社会がすぐに実利に繋がる分かりやすい「役に立つ学問」だけをしなければならないといったような風潮をつくっているように思える。競争はほどほどに。

 

⑨学生であるので学生でしかできないことをするのが良いと思う。

社会勉強は就職活動で自身の社会性を表現しなければならないので少しは必要である。しかし、何もアルバイトである必要はない。何か社会をより良くするようなプロジェクトをつくったり、起業をしたり、もっと学生でしかできない、学生だからこそ可能性の膨らむことをした方がいいと思う。

 

⓪具体性に慣れるべし。

 

終わり

さかしらの知恵

老子 下篇 三十八章

「上徳は徳とせず、ここを以って徳あり」

を引用する。

《書き下し文》

上徳(じょうとく)は徳とせず、ここを以(も)って徳あり。下徳(かとく)は徳を失わざらんとす、ここを以って徳なし。上徳は無為にして、而(しか)して以って為にする無し。下徳はこれを為して、而して以って為にする有り。上仁(じょうじん)はこれを為して、而して以って為にする無し。上義(じょうぎ)はこれを為して、而して以って為にする有り。上礼(じょうれい)はこれを為して、而してこれに応ずる莫(な)ければ、則(すなわ)ち臂(うで)を攘(はら)ってこれを扔(ひ)く。故に道を失いて而して後に徳あり。徳を失いて而して後に仁あり。仁を失いて而して後に義あり。義を失いて而して後に礼あり。それ礼なる者は、忠信の薄きにして、而して乱の首(はじめ)なり。前識(ぜんしき)なる者は、道の華にして、而して愚の始めなり。ここを以って大丈夫(だいじょうぶ)は、その厚きに処(お)りてその薄きに居らず。その実に処りてその華に居らず。故に彼れを去りて此れを取(と)る。

《現代語訳》

「徳」の十分な人は、ひたすら「道」に従うばかりで、我が身の徳を徳として意識しない。だからこそ、「徳」が身についているのだ。「徳」の十分でない人は、その徳を意識して失うまいと努める。だからこそ、かえって「徳」が身につかないのだ。

「徳」の十分な人は、ことさらなしわざをしない「無為」の立場を守っていて、何かをしたという跡を残さない。ところが、仁愛の十分な人では、色々なことを行うようになって、それでもまだ何かをしたという跡は残さない。しかし、正義に十分な人になると、色々なことをして、わざとらしいしわざの跡を残すようになる。そして、礼儀に十分でない人では、色々なことを行って、相手がその礼に応えないとなると、腕まくりをして力み返って無理に相手を引っ張りこもうとする。

してみると、真実の「道」が失われてからそのあとに「徳」があり、「徳」がうしなわれてから其の後に仁愛があり、仁愛が失われてからその後に正義があり、正義が失われてからその後に礼儀が現れたのだ。そもそも礼儀というものは、忠とか信とかいう人のまごころが薄くなってできたものであって、そもそも争乱のはじまりである。仁愛や正義や礼儀などを人に先駆けてわきまえるというさかしらの知恵は、まことの「道」の実質が失われたそのあだ花であって、そもそも愚劣のはじまりである。それゆえ、立派な男子たるものは、そのまごころの厚みの上に身を置いて、その薄みにおるべきではなく、その「道」の実質の上に身を置いて、そのあだ花におるべきではない。だから、あちらの薄みやあだ花を捨てて、こちらの厚みや実質を取るのだ。

《感想》

言葉は、必要があるから、生まれます。仁愛や正義や礼儀といった徳に関連した言葉は、必要があって生まれました。昔は、それらの言葉の意味している考えや行動が欠けている人が居るせいで、暮らしにくい世であったのでしょう。だから、世に調和をもたらして、暮らしやすい世にするために言葉が生まれたのではないかと考えています。

しかし、そうした言葉が生まれたせいで、価値が生まれました。真善美と偽悪醜という二律背反の概念が生まれます。そして、世は乱れました。例えば、徳が未熟な人は劣っているとされます。徳がなっていない人は、人の反感を買うようになります。そうして、争いが起こる、といったようにです。

宝もそうです。ただのキラキラと光る石ころや鉄が価値があるものだと言葉によって定義されています。だから、人はそれらを求めます。そして、奪い合います。

言葉は、いったい必要なものなのでしょうか?とても考えさせられる古典です。

 

今日はここまで。