自分分析学

言葉にしてみたい衝動の行き先

3年間に及ぶ自己分析学確立について。

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まともになってから、毎日、三種に分けて日常生活を記録してる。実務的な反省を毎朝ブログに、感情・思考の様子をtwitterに、アイデアをメモ帳に、ほぼ抜かりなく言語化してるんだけど、毎日が活きるのでオススメ。 特にアイデアに関しては日に日に精度・量が増す。

まさに自分を使った実験の毎日で、視力を中心とした創意工夫が定期的に行う健康チェックにどう反映されるかを見るのも面白いし、いつも室内で本とスクリーンに向き合ってばかりの日常だけど相当楽しいわ。仏教では自分を知るのが幸せだという考えがあるけど、それ感はめっちゃある。

これ素晴らしいのは、例えば失態や失敗、堕落だらけの日があったとしても、それはまた一つ真の自分を知れたと解釈するから実際的な工夫(この感覚では仮説検証が近い)ができる。寧ろ調子の悪い日がないとつまらないくらいまでいくとどこでも生きてける。5年程たてば俺の数式がわかるはず。待ち遠しい

 

5年は言いすぎたが、3年は自分の記録を続けたい。自己をよくわかろうとするのは、そしてわかってくるのは、生の輪郭がはっきりしてくるようで、とてもよい。ではこれからどんな風に記録を続けるか、だが、毎日、ある決まった条件下で続けるルーティーンの比較や長い目で見たときの自分の変化を見える化等、学際的に自己をよく見てみようと思う。

自己といっても幅広いのだが、その中でも波を見ていこうと思う。いろいろな能力や感情に波があるはずで、それの経年変化を追うことで、自分の様子がある程度は予測が立つのかもしれない。

 

・睡眠時間の量的記録

・夢の質的な記録

・実務的な質的な記録

・書写による精神の状態記録

・怠慢具合の量的記録

 

この5つをやっていこうと思う。学際的でもなんでもないが笑

楽しみながらできるので。夢とか特に。

自分で色々実験しながら、自分の本当の姿を探っていこうと思う。